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中村文則『土の中の子供』

 

 

あらすじ

27歳のタクシードライバーをいまも脅かすのは、親に捨てられ、孤児として日常的に虐待された日々の記憶。理不尽に引きこまれる被虐体験に、生との健全な距離を見失った「私」は、自身の半生を呪い持てあましながらも、暴力に乱された精神の暗部にかすかな生の核心をさぐる。人間の業と希望を正面から追求し、賞賛を集めた新世代の芥川賞受賞作。著者初の短篇「蜘蛛の声」を併録。

 

感想

本作品の主人公(以下、彼)は前回紹介した『何もかも憂鬱な夜に』の主人公と両親に捨てられ、施設で育った点で共通している。

作品の中で主人公は不可解で破滅的な時には彼自身にも説明できないような行動をとります。そんな彼に対し精神科医は暴力的な環境で育ったことで、恐怖が血肉のように身に染み付いているからだと言う。これに対し彼は、危険で不利な状況に自らを陥れることによって、過去の暴力や恐怖に対し抵抗や克服を試みていると反論する。

高いところからコーヒーの缶を落とす場面では、落とす側(加害者)と落とされる側(被害者)は不安によって繋がれており、そこに親近感を感じ、これは愛情かもしれないと考える彼の心理状態を描写している。

虐待を受けて育った彼が、暴力をする側とされる側の間に愛情があってほしいと望む心境からこのような思考にたどり着いたのかな。

私見ですが、彼は暴力を受ける側として抵抗や克服を試みている反面、暴力を行う側としてはそこに愛情を見つけ出そうしていて精神科医の主張も彼の主張もどちらも合っているんじゃないかと思いました。

虐待の末に土の中に埋められるという凄まじいシーンが衝撃的でした。土の中で彼は、このまま土の中で死ねば、もう恐怖や不安もなくなり楽になれるかもしれないが、それでも彼は世界の理不尽や暴力に立ち向かいながら生きようと決意する。

 

「自分は、この世界に土によって隔離され、完全に安全に、このまま死んでいくことができる。親指を、口の中に入れると安心した。身体が冷えてくる。さっきとは異なる緩やかさで、しかし完全な睡魔が脳をゆらゆらと揺らしていた、これで終わるのだ、と思った。世界は、最後には、自分に対して優しかったのだと思った。」

 

本当にこれでいいのだろうか。この納得のいかない気持ちが何であるのかを、私はまだ、地上に上がって考えていかなければならないのではないか。


両親に会うことを施設長に勧められた彼はそれを断りこう言う。

「僕は、土の中で生まれたんですよ」

そして彼は、苦しい過去を背負いながらも傷つきながらも愛する人と、この世界で共に生きていこうと決めます。

世界の理不尽と徹底的に向き合いながらも、それでも生きていこうと手を差し伸べ、希望を与えてくれる作品でした。

それでは今回も心にとめておきたいと思った言葉を。

本を読む理由

「まあ、救われる気がするんだよ。色々考え込んだり、世界とやっていくのを難しく思ってるのが、自分だけじゃないってことがわかるだけでも」

 
 施設長が彼にかけた言葉

「大きくなりなさい。大きくなれば、君は自分の人生を自分で生きることができる」 

 

この世界の、目に見えない暗闇の奥に確かに存在する、暴力的に人間や生物を支配しようとする運命というものに対して、そして、力のないものに対し、圧倒的な力を行使しようとする、すべての存在に対して、私は叫んでいた。私は、生きるのだ。お前らの思い通りに、なってたまるか。言うことを聞くつもりはない。私は自由に、自分に降りかかる全ての障害を、自分の手でたたきつぶしてやるのだ。

タクシーの乗客の台詞。

「ああ、まさに羊の群れだよ、あんた達は。これだけ都合のいい民衆もないだろうに。結局のところ、何が起ころうとどうでもいいんだろう?」

 

「あんた達は、その、個人的な問題にな、囚われ過ぎてるんだよ。まあ、あんたのことは知らんが、少なくとも、うちのあれはそうだ。自分の問題を、自分の中だけで解決しようとしている。だから、パンクするんだよ」

 

作品中で登場した本